東京地方裁判所 平成11年(ワ)5812号 判決
原告 A
被告 学校法人東京女子醫科大学
右代表者理事 石井哲夫
右訴訟代理人弁護士 松井宣
同 小川修
同 松井るり子
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成六年八月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、平成六年八月一二日、交通事故(以下「本件事故」という。)により、頭蓋骨骨折、急性硬膜外血腫、外傷性くも膜下出血、脳挫傷、椎間板ヘルニア、右鎖骨骨折、左肩甲骨骨折、多発肋骨骨折、全身打撲、左膝関節骨折、左冠指痛、前歯欠損、視力低下、嗅覚低下等の傷害を受け、被告の経営する東京女子医科大学病院(以下「本件病院」という。)に搬送され、本件病院に勤務する田鹿安彦医師(以下「田鹿医師」という。)等から血腫除去手術等の診断、治療等(以下、本件病院における原告に対する診断、治療等を「本件治療」という。)を受けた。
2 本件治療には、次のような過誤(以下、これらの過誤を「本件過誤」という。)がある。
<1> 椎間板ヘルニア等の受傷を診断もせず放置した。
<2> 明らかな外傷を不当に放置し、術後の診察も満足に行わず、適切な治療をしようともせず、患部を放置し、左膝関節痛等の後遺症を負った。
<3> 損傷に対する質問に対し明確な返答をしない。
<4> 肝臓薬の処方の理由を尋ねたが、回答しない。
<5> カルテを見せるように請求したが、脳波記録と他人のものと思われる心電図を示しただけである。
<6> カルテ及びフィルムの貸出しを拒絶した。
3 原告は、本件過誤により、回復が遅れ、その後の生活に支障を来した。これにより、原告は、精神的損害を受けるとともに、得ることができた利益を失ったが、これらの慰謝料、逸失利益等の額は一〇〇〇万円を下らない。
4 よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づき、損害金一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成六年八月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。ただし、原告の受傷は、頭蓋骨骨折、急性硬膜外血腫、脳挫傷、右鎖骨骨折、左肩甲骨骨折、多発肋骨骨折、全身打撲等である。
2 同2は、次のとおり否認する。
<1> 入院中、椎間板ヘルニアを診断すべき症状は認められなかったので、診断しなかった。
<2> 原告の頭部外傷については緊急開頭手術を実施し、骨折については整形外科医師が診察、治療し、適切に対応した。入院中、原告から左膝関節痛の訴えはなく、退院後の平成七年四月二八日脳外科外来受診時に初めて左膝関節痛の訴えがあったが、原告は、その後本件病院で治療を受けていない。
<3> 肩のレントゲン写真を見せて、説明する等した。
<4> 緊急開頭手術後の各種投薬の影響により肝機能に少し異常が認められたので、肝疾患治療薬を投与した。
<5> 心電図及び脳波記録を見せ、医師から説明した。また、治療中、脳外科医師のみならず整形外科医師も原告を診察した。
<6> 本件事故による別件損害賠償請求事件を審理する裁判所からの提出命令に応じて、カルテ等を提出した。
3 同3は争う。
理由
一 本件事実関係
請求原因1の事実は、原告が外傷性くも膜下出血、椎間板ヘルニア、左膝関節骨折、左冠指痛、前歯欠損、視力低下、嗅覚低下等の障害を受けたことを除き、当事者間に争いがなく、これに加えて、証拠(甲三ないし六、乙一ないし一一、原告本人、証人田鹿安彦)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実(以下「本件事実関係」という。)が認められる。
1 原告が本件事故により傷害を受けて本件病院に搬送され、入院してから退院するまでの経緯は、次のとおりである。
・平成六年八月一二日
原告(昭和三七年四月二〇日生)は、午後一一時一五分ころ、単車で走行中自動車と衝突して傷害を受け、国立国際医療センター(以下「医療センター」という。)に搬送され、医療センターの担当医師により、意識レベルは記銘力傷害があるほか、急性硬膜外血腫、脳挫傷、外傷性くも膜下血腫、左鎖骨骨折、左肋骨骨折等の診断を受け、緊急開頭手術を要すると判断されたため、翌八月一三日午前一時二九分、本件病院に転送された。その際、本件病院に対し、本件事故の詳細は告げられなかった。
・同月一三日
原告は、本件病院において、軽度の記銘力障害があるほか、(左側)急性硬膜外血腫(当直医師が当初硬膜下血腫とカルテに記載したが、検査結果に基づき硬膜外血腫と診断が確定した。)、外傷性くも膜下出血、右鎖骨骨折、左肋骨骨折、多発打撲等の診断を受け、本件病院脳神経センター脳神経外科ICUに入院し、原告に同行していた警視庁大塚警察署警部補皆川豊の承諾に基づき、午前三時一五分から午前五時一〇分まで、田鹿医師の執刀により左側頭部の硬膜外血腫の開頭血腫除去手術を受け、血腫を除去された。
原告は、右手術後の同日午前中、頭部、胸部、鎖骨、肋骨等のレントゲン撮影を受け、鎖骨、肋骨等の骨折が確認されたので、本件病院整形外科杉浦由佳医師(以下「杉浦医師」という。)の往診を受けた。杉浦医師は、原告から右鎖骨、左肩の圧痛を訴えられたが、その他の痛み、しびれ等の自覚症状の訴えは受けなかった。また、杉浦医師は、原告を視診して、右鎖骨部の腫脹、両肩の皮下出血腫脹を認め、さらに、レントゲン写真を検討して、鎖骨骨折に対しては鎖骨バンド、肋骨骨折に対してはバストバンドの固定による保存的治療で経過をみることとし、なお、仰臥位の寝たままであれば肋骨骨折のためのバストバンド装着のみ、座位をとるようであれば鎖骨骨折のための鎖骨バンド装着による固定をとることを指示した。
・同月一四日以降
原告は、頭部の創保護のガーゼを外したり、安静臥床をとらずに座位をとり続ける等の行為をするなど不穏状態がみられたので、田鹿医師は、抗精神薬を投与したり、四肢抑制をしたりした。原告は、食事や水分がとれないので、田鹿医師は、点滴静注で電解質等の輸液と抗生剤を投与した。また、採血の結果、原告に肝機能障害がみられたので、田鹿医師は、肝庇護剤を点滴で投与した。その間、田鹿医師、看護婦等は、原告に対し、レントゲン写真を見せるなどして、これらの措置等について適宜説明した。
・同月二〇日
鎖骨バンドの装着が不安定のため骨折部の安定固定が保てないとのことで、脳神経外科から杉浦医師へ往診依頼があった。杉浦医師は、レントゲン写真を見て、骨折の状態が前回と変化がなかったため、このまま鎖骨バンド、バストバンドの装着を確実に行うよう指示した。その際、原告からは、しびれ、脱力、頚部の痛みなどの訴えはなかった。
・同月二一日
田鹿医師は、原告の頭部の創の抜糸をし、点滴も必要がなくなったので終了し、食事は経口摂取を勧め、また、肝機能検査で異常値が続いたので、肝疾患治療薬の内服を開始した。
・同月二五日
原告は、一般病室に転室の予定であったが、退院を強く希望し、医師等の勧めを押し切って退院した。
2 本件病院退院後の原告の医療機関における受診状況は、次のとおりである。
(一) 本件病院
・平成七年四月二八日及び同年七月一九日
田鹿医師の診察を受け、その際、頭重感、臭いが分かりづらい、気温が分かりづらい、左膝関節痛、左手指の痛み、肩こり感、めまい、吐き気、両肘から先の前腕のしびれ、飛蚊症等を訴えたが、検査を受けなかった。
(二) 東京厚生年金病院
・平成七年五月二二日から同年一一月二七日まで
内科、脳神経外科、整形外科、耳鼻咽喉科、眼科等において受診し、うち、脳神経外科において頭部外傷、頚椎椎間板ヘルニア等の診断を受けて通院し、整形外科において右鎖骨変形治癒、左膝内症、左環指陳旧性捻挫等の診断を受けて通院した。
(三) 医療センター
・平成七年九月一一日から平成八年九月一一日まで
脳神経外科、整形外科、内科、眼科等において受診し、うち、脳神経外科において変形性頸椎症、頭部外傷後遺症、肝障害等の診断を受けて入通院し、整形外科において多発骨折後(右鎖骨骨折、胸部、骨盤損傷、左手、左膝)等の診断を受けて通院した。
3 本件病院は、本件事故による別件損害賠償請求事件(東京地方裁判所平成八年(ワ)第一七五四五号損害賠償請求事件)を審理する裁判所からの嘱託に応じて、平成八年一一月一八日付け及び平成九年一月七日付けで、原告に関するカルテ、レントゲンフィルムの写し、請求書等を提出した。
二 本件過誤について
本件事実関係によれば、(一)原告は、平成六年八月一二日深夜、本件事故により、急性硬膜外血腫、脳挫傷、外傷性くも膜下血腫、左鎖骨骨折、左肋骨骨折等の重傷を受けたこと、(二)最初に原告の搬送を受けた医療センターは、原告について緊急開頭手術を要すると判断し、本件病院への原告の転送を依頼したこと、(三)本件病院は、原告が軽度の記銘力障害の状態にあったことから、原告の全身状態についての視診、検査結果等に基づく他覚的所見から、左側頭部の硬膜外血腫の開頭血腫除去手術を実施したこと、(四)右手術後、本件病院整形外科の杉浦医師は、原告からの右鎖骨、左肩の圧痛の訴え(その他の痛み、しびれ等の自覚症状の訴えはなかった。)、原告の視診の結果、原告のレントゲン写真の検討の結果に基づき、鎖骨骨折、肋骨骨折があることを確認し、鎖骨骨折に対しては鎖骨バンド、肋骨骨折に対してはバストバンドの固定による保存的治療で経過をみることとしたこと、(五)原告は、本件病院入院中、不穏状態が続き、医師等の指示に従わないことが多かったが、しびれ、脱力、頚部の痛みなどを訴えることはなく、医師の入院継続の勧めを押し切って退院したこと、(六)原告は、本件病院退院後の翌平成七年四月以降に、頭重感、臭いが分かりづらい、気温が分かりづらい、左膝関節痛、左手指の痛み、肩こり感、めまい、吐き気、両肘から先の前腕のしびれ、飛蚊症、頚椎椎間板ヘルニア等を訴えて、本件病院ほかの医療機関の診察を受けたことが認められる。
右認定の原告の本件病院入院時における診療の状況及びその退院後の状況並びに一般に、医師による患者の診療は、患者の訴え、視診、触診、検査結果等の自覚的及び他覚的所見に基づいて行われることを併せ考えると、本件病院の医師は、原告の訴え、視診、検査結果等の自覚的及び他覚的所見に基づき、原告に対し、その当時において必要にして十分な診療を行ったものと認められ、右診療に不適切な点があったことを認めることはできない。
原告主張の本件過誤については、これを認めるに足りる証拠はなく、かえって、本件事実関係によれば、被告の請求原因に対する認否2の<1>ないし<6>の事実が認められる。そして、他に、本件病院のした原告に対する診療等に不適切な点があったことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告に対する請求は理由がないといわざるを得ない。
三 結論
よって、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉戒修一)